宮本武蔵が「五輪書」を書いた洞窟
【霊巌洞・五百羅漢(雲巌禅寺)】
雲巌禅寺(うんがんぜんじ)は、
石体四面の馬頭観音「岩戸観音」を本尊として、
南北朝時代に日本に渡来した元の禅僧・東陵永輿(とうりょうえいよ)が
建立したと伝えられる曹洞宗(そうとうしゅう)の寺です。
岩戸観音の歴史は寺より古く、いい伝えによれば
異国から観音像を運んでいるときに舟は転覆しましたが、
観音像だけは板にのって流れ着き、霊巌洞に安置されたといいます。
九州西国三十三観音第14番霊場としても知られています。
「五百羅漢」は熊本の商人・淵田屋儀平が
安永8年(1779年)から享和2年(1802年)までの
24年間に渡り奉納したと云われています。
永年の風雨や明治初頭の廃仏毀釈、地震で完全な物は半分に減っています。
宮本武蔵は寛永20年(1643年)、60歳の時にこの霊厳洞に籠り、
二天一流の兵法書「五輪書」を書きました。
その2年後の正保二年(1645年)、
亡くなる数日前に兵法の弟子 寺尾孫之允に五輪書を授けています。
宮本武蔵にあやかって、
勝負事のパワースポットとして有名な場所になっています。
熊本県熊本市西区松尾町平山589
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